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「あれ、麻倉さん?」
「上原さん!お久しぶりです。」

 一般公開が1か月後に迫った2月中旬に、名桜は完成披露試写会の関係者席にいた。名桜の2席隣に座った上原だが、ゆっくり立ち上がり、名桜の目の前まで来た。

「隣座ってもいい?」
「はい、もちろんです。」

 上原のポスター撮りをしてから半年以上が経っているのに、こうして名前を覚えてもらっていることが有難く、名桜は深く頭を下げた。

「…名前、覚えてくださっていて嬉しいです。ありがとうございます。」
「まぁ会うのは久しぶりだけど、知春の口からは時々聞いてるからね。今回の映画、知春がお世話になりました!」
「お世話…?」

 名桜の頭の中にはクエスチョンマークしか浮かばない。知春をお世話したことなど、いまだかつて一度もない。

「今日は事務所の先輩として来たんだよね。一番可愛がってる後輩だし、今回初主演じゃん?しかも今までやってこなかった両想い。事務所で会っても難しい顔してるときが多くて、仕上がりが気になったってのもあるけど。」
「やはり、悩んでらしたんですね…。」
「うん。でも、麻倉さんが現場に来たときは結構落ち着いてやれたみたいだよ。」
「あの、私は本当にいただけというか…いえ、もちろん仕事はしたのですが。」
「うん。そりゃ仕事しない奴は現場にいられないけどさ。仕事をしつつもいる、ということが知春のためになってたんだと思う。さて、始まるね。」

 ざわめきが鎮まり、場内が暗くなる。少し前に関係者だけの試写会はあったのだが、名桜は定期テストで出ることは叶わず、今日初めて完成したものを観る。ある意味、初めて自分が仕事としても関わった映像作品だ。撮影シーンを観たり、オフショットを撮ったりはしていたものの、実際に撮られたものがどう繋ぎ合わされて出てくるのかはわからない。

「…楽しみです。」
「うん。俺も。」

 原作も知っている。ストーリーの流れだって知っている。知らないものではないのに、全く知らないものを観るとき以上にわくわくする。こんな経験は初めてだった。