リナリア

 彩羽は一呼吸おいてから口を開いた。

「今、大学通ってるんだけどね、私。」
「はい。」
「人生で、親に邪魔されずに学生生活を送れてるのって、今が初めてなの。」
「親に…邪魔されず…。」
「うん。なっちゃんは未成年だから、…ん-…刺激が強い話をしちゃうけど、大丈夫?」
「…が、頑張ります。」
「ま、未遂だからいっか。…私の母親は、お金欲しさに最終的にはAVに出させようとした…ってくらいな感じ。」

 頭をがつんと殴られたくらいの衝撃だった。名桜は言葉に詰まる。

「出てないよ、もちろん。出てたら今、こんな仕事できないし。売られそうになる瞬間、今のマネージャーがスカウトしてくれたの。そしてすぐ売り出してくれて、大きい金額ではないけどまぁ、死なない程度にはお金も稼げるようにしてくれて、今があるんだけどね。」
「…今は、お一人で暮らしているんですか?」
「うん。今はまぁそこそこ稼いでるからセキュリティがしっかりしてるところにしてる。」
「…良かったです。」

 名桜は少しだけほっとした。今は前よりもきっと、解放されていると信じたい。

「嘘みたいな本当の話でさ。親が子供売るとかさ、異常だなとは思ってるけど、抗う術をもたない。なんていったって子供だからね。」
「…彩羽さん…。」
「あーごめんね、そんな泣きそうな顔しないで。体に傷とかはないし、もう会うこともないだろうし。今は全然大丈夫だから。」

焦ったように左右に振れる彩羽の手、そして下がった眉に心の奥がぎゅっとなる。本題にはまだ届いていない。きっとこの話は彩羽が話したい話を語るために必要な下地の話。だが、この話を聞き流してすぐ次に、とするには心がついてこなかった。やっとのことでまとまった言葉は、たどたどしくゆっくりとしか出てこなかった。

「…大丈夫じゃ、ないです。だって彩羽さんは素敵な方で、高校時代だってその前だって…たくさんの人に囲まれて…。」
「たかもしれなかったけど、でも…実際はそうじゃない。だけどね、たった一人だけね、いたんだ。私にも。…光みたいな人が。」

 指先を見つめる彩羽の横顔は、まるで『杏』のようだった。叶わない思いを抱えて、動けないときに浮かべていた表情に見える。