リナリア

* * *

「はぁー…さっぱりした!」
「あの…本当に彩羽さんと同じ部屋でいいのでしょうか?」
「えーだってちーちゃんのところに行くわけにもいかないでしょ?」
「そ、それはそうなんですけど…帰宅することもできないわけじゃないので…。」
「この時間から1時間かけて帰るの?危ないよ。それに、私は結構嬉しいんだよね。」
「嬉しい…ですか?」

 髪を意外とワイルドにぐしゃぐしゃとタオルで拭きながら、彩羽は近くの椅子に座った。3人で少しだけ遊んで、ホテルに戻ってきた。本当は名桜も一人部屋の予定だったが、スタッフの手違いで予約し忘れていたらしく、そこで急遽彩羽の部屋に転がり込むことになったのだった。

「私さぁ、修学旅行とかの宿泊行事、行ったことないからさ。」
「えっ!?」

 明るくて、現場の演者ともスタッフとも仲が良くて、そしてこんなにも可愛い彩羽が修学旅行に行ってないというのは意外だった。思わず大きな声で反応してしまった。彩羽は子役から始めていたタイプではなかったはずだ。知春と同じで、比較的最近出始めて、注目されている俳優である。

「…なっちゃんはさぁ。」
「はい。」

 少し落ち着いたトーンの彩羽は、もしかしたら初めて見るかもしれなかった。名桜はゆっくりと近付き、彩羽の最も近くにあった椅子に腰かけた。

「ちーちゃんっていう、年の近い友達?先輩?二人の関係は多分、ちょっと言葉に表しにくいかもしれないけど。信頼してて、仲は良くてって、そういう…見えないけどあるものっていうのかな、そういうのがある人がいるじゃん。」
「…言葉にしにくい…、そうですね。」

 名桜は静かに同意した。彩羽の長い睫が下を向いた。閉じられた瞳がゆっくりと開き、切なげに名桜の方を向いた。

「いいなぁって、今日すっごく思っちゃったなぁ。…という、本音、零してみました。」

 へへっといつもみたいに笑っているはずの彩羽が、そうじゃなく見えるのはどうしてなのだろう。ただこのまま、そうなんですね、と言って流してしまうのだけは違う気がした。

「…もし、嫌でないのなら。」
「うん。」
「話したいことがおありで、それを聞く相手が私で大丈夫なら、聞きます。守秘義務は守りますし、誰にも話しません。私が一人で聞いて、私が一人で受け止めます。…聞き手として上手いかは…微妙ですけど、頑張ります。」

 名桜がそう言うと、彩羽は静かに、それでいて柔らかく微笑んだ。

「…じゃあ、聞いてもらっちゃおうかな。嘘であってほしい、本当の話。」