リナリア

「さて、そろそろ戻ろうかな。名桜はもう少し撮るの?」
「あ、いえ!撮り終わりましたので戻ります。」
「じゃあ、一緒に戻ろう?」
「はい。」

 するりと離れた手は、知春によって再び繋がれる。

「知春さん?」
「もうちょっと、チャージさせて。次のシーンはちょっと大変だから。」
「た、大変…。」
「怒るっていうか、…うーん、なんか上手くいかなくてモヤモヤして少しきつく言うシーンって、結構疲れるんだよね、俺の場合。普段言えないこと言うからストレス発散になるっていう人もいるんだけど…俺は全然、そんな風にはなれなくてさ。」
「あっ!なるほど…。私の手なんかで良ければどうぞ。」
「ありがとう。」

 こうやって何でもないみたいな顔をして渡される優しさが、嬉しいはずなのに少しだけ心を軋ませる。名桜が照れたり、慌てたりするのは相手が自分だからではないということがありありとわかるからだ。異性が近くにいることに慣れていないということからくる照れなのだとわかってしまっているから少し、苦しい。それを自覚してしまった。
 人がたくさんいる現場に戻る前には、そっと離した手。温さが遠ざかっていって、それが惜しいなんて思う。今の自分は、役や立場を利用して、善意に付け込んでお願いしているだけなのに。嫌われてはいないけれど、特別な感情は向けられていない。『良いものをつくるため』に手伝えることを手伝ってくれているだけ。

「なっちゃん!どこ行ってたの?ちーちゃんも一緒だったんだ?」
「お疲れ様です、彩羽さん。えっと、私は周辺の撮影をしていました。」
「休憩中に撮影してる名桜を見つけたから、一緒に休憩してたんですよ。あ、厳密に言うと名桜は仕事してて、僕は休憩ですね。」
「えー一緒に休憩したかったんだけど!」
「あっ、えっと、撮影後に少し何か食べますか?近くのお店などで私が色々見繕ってくることもできますよ。私の今日の仕事は終わっていますので。」
「これからだと暗くなるし、なっちゃん女の子だから危ないよ!あ、じゃあさ、今度、オフが被ったら…。」

 彩羽の提案に知春は笑顔で頷き、名桜は焦った表情を浮かべた。

「ってことで今日の仕事も気合入れていきましょー!」
「おー!」
「あっ、お二人ともっ…!」