リナリア

「別の方…。」
「って、そりゃ当たり前に恋愛してきてると思うし、彼氏もいたことがある、もしくは今もいるのかもしれないし、そういう本物感が滲み出てただけかもしれないけど。」

 もし仮に、彩羽が自分の先に別の相手を見ていたとして、相手役の先に別の人を見ているのは自分も同じだということに気付いた知春は少し名桜から視線をずらした。大和のように想いが叶ったわけでも、叶ったことがあるわけでもない。ただ、気付いただけ。

「…そう、ですよね。皆さんとても素敵ですし、そういう特別な方が過去にいたとしても、現在いるとしてもおかしくはないというか…。あっ!」
「ん?」

 名桜にしては珍しく大きな声が出たので、知春は少し首を傾げた。するとその視線に気付いた名桜の頬にさっと赤みがさす。少し慌てた様子の名桜は頬を染めたまま話し出した。

「『芸能人だって想うのは自由』、という話をしていました。そういえば。今思い出しました。」
「彩羽さんが言いそうな考え。」
「はい。」
「それで、なんでそういう話になったの?」

 完全に体を起こして、それでも手は放し難くて握ったまま、問いかける。すると、名桜の顔の赤さが増した。

「名桜…?」
「あっ…え、えっと…ちょっとした…あれは…質問…?いえ、そう、恋バナになりかけみたいな話だったので、はい。それにすぐ終わっちゃいましたし。」
「…なんか、隠してるよね。」
「か、隠してません!」
「ほんとかなぁ?」
「…ちょ、ちょっと、…そうですね…彩羽さんの誤解が生んだ諸々だったので、内緒にさせてください!」

 下を向いた名桜の耳が赤い。恥ずかしさのあまり、手に力が入ったのだろう。きゅっと少しだけ強く握られた手に、知春の心拍数が少しだけ上がる。珍しい名桜の姿を見て、知春はふっと柔らかく微笑んだ。

「内緒かぁ。じゃあ彩羽さんに突撃したら話してくれるかな?」
「あっ…彩羽さんなら話してしまうかもしれません…わ、私が先に彩羽さんに話さないようにお願いしないと…!」
「今日の撮影の最後は彩羽さんと一緒のシーンなんだよね。」
「…そ、その前に滑り込みます!」
「はは。そんなに頑張らなくていいよ。女の子たちの恋バナなんて入っていける気もしないし。」

 そう言って知春は再びぎゅっと名桜の手を握った。