リナリア

「…本当にお疲れみたいですね。撮影で、何かありましたか?」
「ううん、何も。…何もって言ったら変か。疲れるようなことは何もないよ。ただ…。」
「はい。」

 『大和』が恋に落ちる流れを汲みながら、『杏』に恋をし、その恋心を抱えて戸惑う気持ちを追いかけながら、ずっと『恋』を考えている。

「恋心って、突然気付くものなんだな、…って、思っただけ。」

 秋の冷えた空気の中に、知春の静かな声がぽつりと落ちた。

「…確かに、大和の気付きは突然でしたよね。少しずつあれ?って思うところはあったけど、杏が笑ってくれた時にはっと気付く。…あとから映像を見せていただきましたが、彩羽さんの笑顔が本当に可愛くて!恋に落ちてしまいますよ、大和じゃなくたって。」
「名桜も?」
「え?」
「名桜も、恋に落ちる…ことがある?」
「彩羽さんにですか?」

 少し話が横道に逸れて、知春はパッと頭を上げた。いつもより顔の距離が近いが、構わずに口を開く。

「あ、いや…違う。二人みたいな恋に、憧れたりするのかなって。」

 知春の問いに、名桜は少し黙って考えながら言葉を返す。

「…素敵だな、と思います。だってお二人とも、恋心を育むシーンではとても優しい表情をされてます。もちろんその代わり、すれ違ってしまうところではぐっと切なくなるのですが、でもそれは二人の空気が優しくて可愛いからです。…そうやって想われて、その想いを素直に受け取って、その想いを返せて。…そうやって恋ができたら素敵だなと、お二人の姿を見ていて思いますよ。」
「…ねぇ、あの、ちゃんと大和と杏として見てるよね?」
「えっ?」

 名桜の目をじっと見つめると、珍しくその目が泳いだ。

「名桜~?」
「あ、いやだって!あのですね!本当にお二人ともその…素敵なんですよ!もちろん役だと思って見てますし、役から逸脱しているとも思っていませんが。」
「まぁ、そのくらいどっぷり浸かってみてもらえる方がいいのかな…。なんかわからなくなってきた。でも彩羽さんは何となくだけど。」
「はい。気になるところがありますか?」
「気になるというか、多分俺の先に別の人を見てる…ような気がする。」