リナリア

 名桜はとつとつと言葉を述べていく。上手く言えないけれど、伝えたいことは確かにあった。

「…あの、伝わってますか、言葉が変だとは思うんですけど…。」
「今ここにいる俺も本物で、『大和』も本物だった。」
「はい。」

 名桜は頷き、視線を遠くへ向けた。

「…私はもっと頑張らないといけません。じゃないといつか、知春さんが見えなくなってしまいそうです。」

 少し寂しそうに、落とすように微笑んだ名桜の髪に手を伸ばしたのは、もはや反射のようなものだった。

「…知春…さん?」

 名桜の髪に知春の指がすっと絡む。髪をするすると抜けていったその指は静かにその毛先を掴んだ。

「…見えなくなんてならないよ。名桜がたくさん練習付き合ってくれたからこうやって立ってられる。全然、自分だけの力じゃないよ。」
「わ、私は突っ立っていただけのことも多かったですし。」
「一緒に色々考えてくれたじゃん。…そういうことを、目を閉じたときには思い出してた。」
「え…あ、そうだったんですか?」
「うん、実はね。あ、これ内緒にしててね?」
「は、はいっ!」

 名桜の髪を手から解放する。知春も名桜が見ていたほうに視線を向けた。秋の空が静かに流れていく。

「…恋に落ちた表情ってさ、さっき名桜言ってたけど。」
「はい。」
「…ううん。何でもない。名桜にそう見えていたんだったらよかった。」
「…?」

 こうやって言い淀む知春は珍しかった。名桜は首を傾げたが、知春はそれ以上続ける気はないようだった。静かな時間が流れる。名桜はゆっくりとカメラを構えた。名桜の座るベンチから見えるその視界を切り取る。今の知春の表情は上手く読み取れなくて、これを残していいものか悩む。しかしこの空間と時を過ごしたことは残したくて、シャッターを切る。

「え?面白いもの、あった?」
「いえ。ただ、ここにこうしていた、ということを残したくて。」
「…なるほど。でも、今の視界を残す、ってのも記録としてはいいのかもしれないね。」

 いつもほどポンポンと会話が進まなくて、しかしそれで気まずいというわけでもなく、沈黙が苦ではない。それは名桜にとって不思議な感覚だった。