リナリア

 ロケ地である、廃校になって使われなくなった校舎。そして自然に囲まれた土地柄。都心からのアクセスも良くて、人はたくさんいすぎない。数多くの学園ものの撮影に使われているため、廃校とはいえかなり綺麗にされている。そんな場所から少し離れながら、ふと立ち止まってカメラを構えた。
 カシャっと静かにシャッターが切られた音がする。そのくらい静かだった。今、名桜がシャッターを切っているのは仕事ではなく、どちらかと言えば個人的な理由からだった。父がやっていたみたいに、自分が足を運んだロケ地を撮影し、記録として残しておく。後日現像もして、アルバムにする。そうして、再び撮影したい風景を増やしていく。歩きながら、振り返りながら、思うがままにシャッターを切っていく。学校は今撮影に使われているため、名桜の個人的な撮影は後日行う予定だ。
 並木道や、風景をあらかた撮影し、撮影に使われていない側の校舎の方に来た。写真を確認すべく、座れる場所を探す。木製のベンチを見つけて腰をおろす。撮った写真を再生し、1枚ずつ確認する。構図がいまいちなものや、ブレが生じているものなどは消去し、必要なものだけ残していく。そんな作業を黙々と行っているときだった。名桜の手元に、少し影が差した。

「何してるの、名桜?」

 振り返った先にいたのは、衣装の制服姿のままの知春だった。

「知春さん?え、あの撮影は…?」
「次、しばらくまた彩羽さんのシーンだから休憩。」
「そうだったんですね。随分撮影、早かったですね。」
「うん。全体的にすごく順調だと思う。」
「良かったです。」
「名桜のおかげ。撮影前にいっぱい練習に付き合ってもらったし。」
「似たようなシーンもありますけど、でも全然そうじゃないシーンもありますし。それでもスムーズに進んでいるのは知春さんも彩羽さんもプロだからですよ。」

 二人は演技のプロとしてこの現場にいる。そのことを名桜は見れば見るほど感じていた。そして、引け目でも負い目でも何でもない、それでも何か『二人とは違う』という気持ちが少し膨らんでいる。それが少し気まずくて、いつもならもっと合わせられる目が、なかなか合わせられない。

「…それで、最初の質問に戻すけど、何してるの?」
「これは、…えっと、ロケ地の撮影です。私個人のために、なんですけど…。」
「あ、仕事用じゃないんだ。でもなんで?」
「…いつか、撮りたい風景になるかもしれないと思ったのと、父を追いかけて、ですかね。」