リナリア

「さっきの少し拗ねたみたいな知春さんの表情も、本当は切り取りたかったですけどね。」

 ふっと小さく、名桜が笑う。その柔らかい表情に、なぜか知春の胸がざわついた。

(名桜のその表情だって、初めて見た。)

「名桜。」
「何ですか?」
「ちょっと付き合ってほしいんだけど、いい?」
「撮影シーンの練習ですか?」
「…みたいなもの。」
「わかりました。カメラ置くので少し待ってくださいね。」

 首から下げていたカメラをショルダーバックにしまって、チャックを閉める。バックを少し離れた位置に置いて、名桜はととっと足早に知春のもとに来た。

「両手、貸して?」
「両手…?」

 名桜は言われるがままに、手の甲が上になるような形のままで手を差し出した。その両手を知春が下からぎゅっと握る。

「…何の、練習です?」
「向かい合って、両手を繋いでくるくるする練習。」

 そう言って軽く、知春が右に進む。名桜もその手に引かれてくるくると回りだす。

「フォークダンスのシーンなんてなかったですよね?」
「うん。でも面と向かって両手を繋ぐシーンはある。」
「なんで回るんですか?」
「後夜祭っぽく、フォークダンス風ってことで。」
「あ、あんまりスピード上げないでください!」
「おっと。」

 足が少し絡んで体制が崩れかけた名桜の手を少しだけ強く引いて、知春は自分の胸でその体を受け止めた。

「っ…ごめんなさい!もっと鍛えます!」
「ごめんごめん。ちょっとはしゃいじゃった。」

 パッと離れた名桜は、空いていたほうの手で恥ずかしそうに頭を少し掻いた。心なしか頬が赤く見える。知春は握ったままの手を離さずに、むしろ少しだけきゅっと力を込めて握った。

「…知春さん?」

 もう少しで抱きしめそうだった、とは言えない。なぜ抱きしめたくなったのかなんて、理由がわからなくて説明のしようがなかったからだった。知春は名桜に呼ばれてはっと意識を浮上させた。