リナリア

「12時の鐘が鳴り終わる前に、必ず戻ってこなくてはならないよ。私が君に与えたものは魔法。これは永遠を約束するものではない。」
「はい。約束します。12時の鐘が鳴り終わる前に、戻ってまいります。」
「いい子だね、シンデレラ。それじゃあ早く、馬車に乗って。舞踏会が始まってしまう。」

 魔法使いはそもそも出番が少ない。知春の出番はきっとまもなく終わってしまう。シンデレラが馬車に乗り、本来ならば場面が切り替わるようなタイミングで、魔法使いにだけスポットライトが当たる。どこか名残惜しそうに、シンデレラが向かったほうを見つめながら。

「決して、振り返ってはいけないよ。君に手でも振り返されてしまったら、君を舞踏会になんて送り出せそうにない。」

(知春さん!それ絶対やっちゃだめって言ったやつですよ!魔法使いが恋敵になってどうするんですか!)

 会場がざわついた。それもそのはずである。知春を一躍人気にした演技がここで存分に発揮されてしまったから。

「今のなにー!?」
「めっちゃかっこいい…魔法使いと結婚する…。」

 小さな声で盛り上がる女の子たちの声が耳に届く。

(そうなりますよ…知春さんの本領発揮です…。それにしても…切ない。ずっとシンデレラを想っていたみたいで。)

 時間にしてほんの数分程度。ただの文化祭の演劇。それなのにこの会場のどよめき。

「どいつもこいつも俺にへこへこしやがる。もっとまともな女はいないのか。」

(うわぁー王子様、かなりキャラクターを改変してますね。でも、拓実さんはやりやすそう。)

「えっ!こっちもイケメン出てきた!」
「伊月知春とは違うタイプのイケメン!」

 こちらはこちらで話題になりそうだ。およそ物語の王子とは似ても似つかない『王子様』。だが、魔法使いが王子様みたいなのだから、こちらの王子はある意味これで物語としては正解に思える。

「俺から逃げたあの女の手掛かりはこのガラスの靴だ。いいか、絶対に見つけ出せ。俺はあいつと結婚する。」
「きゃー!」
「結婚するとかやばい!言われたい!」

 またしても会場がざわついた。もちろん大きな声で叫ぶ人はいないが、名桜の周りだけでも十分な発狂具合だ。

(大成功じゃないですか、これ。知春さんも拓実さんもお疲れさまでした。)

 幕が閉じ、名桜は盛大な拍手を送る。二人に、そしてヘアメイクを施していたであろう椋花に向けて。