* * *

「ねぇ、じっとしてくれない?」
「むずがゆくってさー。これ、何塗られてんの?」
「髪型崩れないようにワックス。ちょっと前髪触るから、目瞑ってて。」
「はいよ。」

 拓実は言われるがままに目を閉じた。椋花は母親が美容師で、少し知識もあることから髪とメイクの担当になっていた。メイクも母に習っているらしい。

「ったくなんで当日でもねーのにさぁ。」
「宣伝用の写真だかなんだかを撮るからでしょ?」
「そうなんだけどさ。つーか知春も一緒に写ってくんねーかな。」
「バカ!知春が使われたポスターってだけで、盗まれちゃうよ。」
「そうかもしんねーけど。」

 本当は自分のではなく、知春の髪に触れたかっただろうに、嫌な顔せず真面目に役割を全うする椋花に言ってやりたいことが渦巻く。

「椋花さ。」
「うん。」
「今年、最後の文化祭じゃん?」
「そうだね。」
「どうすんの?」
「どうするって、何を?」
「午後。」
「あぁ、自由時間?」

 舞台は午前中だ。午後はクラス全員が自由行動の時間になる。一般開放の日は無理でも、内部だけの初日は知春と回れるはずだ。

「適当に回るよ。片付けた後にね。拓実も髪、ちゃんと直してあげるし。」
「…そうじゃなくて…。知春と回れる、最後の文化祭だけど。」
「え?」

 拓実はスッと立ち上がった。自分の髪を指さし、椋花と目を合わせる。

「これ、ありがとな。じゃ―当日もよろしく。」

 少しだけ、押した背中。これで何もしないならもう見守るしかない。