「憧子~!」
朝のHRが始まる五分前。
後ろの扉から私を呼び、手招きする男の子がひとり。
「何? 舜ちゃん」
彼は、幼なじみの宇月 舜也。
幼いころからずっと一緒に育ってきた舜ちゃんとは、偶然にも高校も同じになった。ちなみに舜ちゃんは隣のクラス。
「数学の教科書、貸してくんね?」
両手を合わせて頼み込む姿に、誠意を感じられない。やり直しを要求。二度目もうすっぺらい頼み方で呆れた。
舜ちゃんの右耳に光る、ダイヤの形をしたゴツいピアス。
しかも、ふたつも。
ワックスで整えられた、ライトブラウンの髪。
先週よりも髪色が明るくなってる気がする。
制服だって着崩してる。
衣替え初日だというのに、指定のシャツさえ着ていない。
昔はおとなしくていい子だった。
それがどうして、つねに女の子に囲まれているチャラ男になってしまったのか。
昔の面影はどこにもない。ちょっと悲しい。
「いいけどさあ」
「けど?」
「もうちょっと真面目になったほうがいいと思うよ」
例えば、南みたいに。
今の舜ちゃんは全てにおいてテキトーすぎる。
注意したにもかかわらず、舜ちゃんはなぜか口元をゆるめた。
口までゆるいのか、こいつ。
「真面目じゃん、俺」
昔はね。
今は真面目さゼロだよ。
間髪いれずに「嘘つけ」と反論すれば、「嘘じゃねぇし」と一笑された。
私はしかたなく自分の机の中から数学の教科書を取り、舜ちゃんに渡した。
「はい」
「憧子の席、一番後ろなんだ」
舜ちゃんの視線は、教科書を受け取る手元ではなく、私の席に留まっていた。
「そ。いい席でしょ?」
窓際から二列目の一番後ろ。
そこが私の席。
たまに窓から入ってくる風が心地よくて、夏が近づいている今の季節にはもってこいの場所だ。