フレキシブル・ソウル


“なんで伸二さんをいじめるの”

“今のあいつが嫌いだからだ”

“昔の伸二さんは?”



まただんまり。

起きて、と書こうとした時、そこまで、と先生の声がした。

たぶん、人生でかなり最後に近いテストのはずだったのに、ほとんど埋められなかった。

今さらそれが、悔やまれた。





「あっちゃーん」



小学生か、と言いたくなった。

湖のほとりを、林太郎が犬みたいにころころ駆けてくる。



「大きな声、出さないでよ」

「誰も聞いてえんが」

「そうだけどさ」



ぶつぶつ言う私に対して、林太郎は嬉しそうだ。

あたりは提灯の温かい黄色に染まって、そこここを忙しなく人が走り回っている。


祭り前夜。


この地域の夏祭りは、金土日の三日間で行われる。

金曜日はお神輿が地域を回り、土曜日は縁日で、湖岸にびっしり屋台が出る。

その夜はメインイベントの花火大会もある。

日曜日は駅前の大通りが歩行者天国になり、山車が引かれたり行列があったりのカーニバル。


木曜日である今日は、山の上の山王さまから、お神輿を借りてくる日だ。

それを担うのは、氏子さんと村の限られた男性だけで、そこそこ神聖な儀式とされている。



「今年は猪上さん、行ってたで」

「じゃあ、お籠りしたんだ」

「したけど、お神酒でべろべろんなって、奥さんに叱られつんてた」



あはは、おじさんらしい。

お神輿を借りる役の男衆は、身を浄めるため、前日の午後から水とお神酒以外は口にできない。

これをを口実に、村の男の人たちは、おつまみもなしに、浴びるようにお酒を飲むのだ。



「林ちゃん、のど自慢大会に村長のエントリーがねえぞ、これじゃ盛り上がんねえぞお!」

「都合つかんのやさけぇ、僕じゃダメかのおっ」

「おお、そしたら若い子が応援に来てくれんじゃねえか」


大歓迎だぜ、と土手の上で、木材を担いだ近所のおじさんが豪快に笑う。

林太郎も笑いながら、ほなの、と手を振った。