フレキシブル・ソウル


「えーと、勘違い…」

「どうしたん、しっかりしてや」

「とにかく、先帰っててよ、私は大丈夫だから…」



言い終える前に、竜巻みたいな突風が吹いた。

わっ、と声をあげた林太郎が、巻きあがる小石から私を守るために、ぎゅっと頭を抱えこんでくれる。


ぴしぴしと手足を打つ砂利がおさまった頃、おそるおそる顔を上げると、目の前に知らない人がいた。


ちょっとぎょっとするくらい近くに立っていたので、最初はその人の黒い服しか見えなかった。

見あげて、あ、と悟った。

この人。



「死神は、この世から去る時、ヒトが最後に関わる存在だ」



首筋を流れて、肩に届くくらいの、長い黒髪。

遥か高みから見おろしてくる、真っ黒な瞳。



「あ…」

「できそこないをあてがわれるとは、かわいそうに」



人形みたいに整った顔が、にたりと笑う。

突然、それが苦悶の表情に変わった。

忌々しげに振り返った先では、伸二さんがパリパリと、静電気みたいなものを身体中から発している。



「誰ができそこないだと」

「お前だよ、哀れな囚人、今はなんて名前だ?」

「伸二だ」



つっけんどんな返事があった瞬間、ふたりの間で、見えない何かが、ぶつかりあって弾けたような気配がした。

伸二さんの髪と瞳は、ゆらゆらと七色に変化する光沢を放っている。



「オレはテンだ」

「欧米かぶれか」

「10号ってな、当て字に苦労する数字なんだよ、先代も確か、よくわからん名前を名乗ってたぜ」

「担当外の人間に関わるとは、どういうことだ」



だってよお、と“テン”は悪びれずに肩をすくめた。

この暑いのに、真っ黒なシャツとパンツ。

細身のボトムを黒いブーツに入れて、ぱっと見、ロックな人みたいだ。



「お前のこと、嫌いなんだもん」

「お前に嫌われる謂れはないが、そう来るなら、俺もお前が嫌いだ」

「サンキュー、そーいう素直なとこは、嫌いじゃないぜ」