「あの、こっちのほうに誰か」



来ませんでしたか、と言う前に、私はおじさんを見つけた。

警察官のうしろ、商店の汚れたゴミ箱が並ぶあたりで、ふたりの男の人に、押さえつけられていた。

何時何分、公務執行妨害で現行犯逮捕、とひとりが腕時計を見ながら言った。


ドラマとかアニメで見るあれ、ほんとに言うんだ、なんて呆然としながら。

ひび割れたアスファルトの上に、まるで荷物みたいに置かれたおじさんの身体が、あんまり小さいので胸が痛くなった。



「…おじさん」

「はい、ここ通ります、道をあけてください」



制服警官に押しのけられながら、おじさんがスーツ姿の人に立たされて、つれてこられるのをぼんやり眺めた。

手錠って、あんなに重そうなの。

ていうか、上着とかかけて、隠したりしないの。

って、どうせ誰も見てないから、いいのか。


そんなことが無駄にきびきびと頭に浮かんでは消え、目の前を通るおじさんを、ただ見送っているうち。

いつの間にか、くるくる回る赤いランプが、路地を照らしていた。



「おじさん」



無意識のうちに、呼びかけていた。

そう大きな声だったはずはないのに、青いジャンパーの、うなだれていた背中が、ぱっと反応して、振り向いた。


制服の警官が、私を遠ざけようとした。

その腕をかいくぐって、おじさん、ともう一度呼ぶ。


おじさんは驚いた顔で、私と刑事を交互に見てから。

照れくさそうに笑って、右手をこそっと振った。


不自由な左手。

いつもジャンパーのポケットに押しこまれていたそれも、無情に身体の前で、拘束されてる。

ねえその人、そっちの手がダメなことくらい、知ってるんでしょ、警察なら。

しまっておいてあげたって、いいじゃないか。


その人、一時期このへんで育ったんだってよ、あなたたちの先輩かもしれない、どこかで会ってるかもしれないよ。

そんな人、つれてくんだから。


絶対その人が悪いことしたって、まさか、めちゃくちゃ調べたんだよね?



「いやー、見ごたえあったな」



その声にはっとした。

もうおじさんも刑事も、とうに消えた頃。

もうひとりいたらしい制服警官が、私をとめていた警官と、合流しに来たところらしかった。