「………最低」
なんとなく口から零れでた言葉は、熱かった。

私は彼と、
拓未と別れたあの日から、
誰かとキスしたことなんてない。
ほかの誰かを好きになったこともない。
…もちろん、この人は知る由もないだろうけど。

…でも。
きっと彼の想う人であるその人の名前を呼んだときの表情や、
1粒頬を濡らした涙が、
私をほっとけなくさせる。

私はしゃがみこみ、また眠ってしまったのであろう彼の頬に触れた。

人の温度に触れた。

あったかい。
…いや、熱い。

私はそのまま手のひらをおでこにずらす。
「………結局風邪引いてるし」

洗面所からタオルを引っ張り出す。濡れてくるくるになった黒髪と、赤くなった頬。長めのまつ毛がのぞく。
私はまるで子供にするように、髪を拭いてあげた。

「…スーツはどうしよう」
脱がせるわけにもいかないので、上のジャケットだけ脱がせてベッドに運ぶ。

…もう今日はしょうがない。
私は布団を敷くことにする。

ベットの上に1枚バスタオルを引いて、彼をもう一度おぶる。
湿ったからだはさっきよりも重く感じ、乱暴にベッドの上に下ろしたが彼は起きない。
キッチンでタオルを濡らし、思いっきりしぼる。ふと見た時計は2時を回っていた。

「明日は仕事なのに…」
今日はやけに独り言が多い。

そっと彼の眠るベッドに膝をつき、長めの前髪を払って、タオルを置いてあげた。

そのまま蒸気した頬に手を当てる。
冷たいタオルをしぼっていたから、少し気持ちがいい。

しかしすぐに手を引っ込める。

よく考えたらこの人は病人なわけだし、いきなりキスしてくる変態だし、彼女がいるわけだし…

私はそんなことを考えながら彼に肩まで布団をかけ、メイクを落としに洗面台に向かった。