「名前も、何も思い出せないんだよね?」


そう聞くと、男は少し視線を伏せた。


「別に、無理に思い出さなくてもいいよ。でも、名前がないのは不便だから、あたしが名前をつけてもいい?」


「あぁ……」


「じゃぁね、人見朝日ってどうかな?」


「ひとみあさひ?」


「そう。箱を開けた瞬間目があって驚いた事と、箱を開けられた瞬間って朝日が差し込んだように明るかったんじゃないかなって思って」


こんな状況でそんな事を言っている場合でもないのだけれど、できるだけ明るい声であたしはそう言った。


でないと、あたし自身が不安で押しつぶされてしまいそうだったからだ。


「なんでもいい」


男はそう言い、あたしから視線を外した。


嫌そうではないのでとりあえず朝日と呼ぶことになりそうだ。


「朝日、お風呂に入る?」


「え?」


「何日も入ってないんでしょ? 髭も伸びてるし」


そう言うと、朝日は自分の顔に触れて驚いた表情を浮かべた。


「本当だ……」


「お風呂はこっち。服はお父さんの部屋着を使って」


朝日を風呂場へと案内し、お父さんの部屋着を用意するあたし。