「伊村さん、お連れしました」
お姉さんは彼に頭を下げると、それでは失礼しますとにこやかに笑って行ってしまった。
彼と二人きりになった。
「どうも」
どういう訳か急に、気まずい空気が流れた。
私は、何をどうしたらいいのか分からなくなっていた。
取りあえず、おはようございますと、挨拶をして形だけ頭を下げた。
「やあ。来てくれてありがとう。まあ座ってよ」
伊村さんが、私の顔を見て笑ってる。
なんだ?
どうしたの?
私に対して彼が取った行動で、睨み付けるか、無視する以外の態度を取ったのは、これが初めてだ。
気持ち悪いくらい友好的だ。
私が感じている以上に、伊村さんの方がやりにくいと思ってるのか?
それとも、頭がどうかしてしまったのか?
かしこまってスーツなんか着て。
彼の態度は、不自然なほど丁寧だった。
「今日はずいぶんフレンドリーな態度ね」
私は、皮肉たっぷりに言う。
伊村さんは、ぽちっと目の前に置かれたICレコーダーのボタンを止めて言う。
「生憎だが、今日の会話は、すべてこれで録音されてる。
君が、俺に対してどんな暴言を吐こうが自由だが、記録は取ってあるからな」
彼は偉そうに腕組みして、なおかつ面倒くさそうに言う。
やっぱり、この方が自然だ。
人間、スーツなんか着ぐらいで中身まで変われない。
「私は、構わないけど。記録を取られて悪いことなんかないもの」
彼は、フンと鼻を鳴らした。
「まあ、急に甘い言葉をささやきたくなっても、全部録音されてるぞって言いたいだけだ」
彼は、元の態度に戻って、もう一度、面倒くさそうに言う。
「何でそんなこと、あなたにささやくのよ」
「万が一だ」
「万が一でもあり得ない」
「ああ、これな、すごく性能がいいから、キスしてる音も入るぞ。チュッってな」
うわっ!止めて。
とっさに耳を塞いだのに間に合わなかった。
「今日は、絶対に必要ないでしょう?」
「だといいけどな」


