「どうぞ」
私は、彼がエレベーターに乗り込むときに、一歩下がった。
彼カードを出しやすいように場所を譲ったのだ。
私は、笑顔で話しかけたのに、彼の表情は硬いままだった。
「いいや、君が行先のボタンを押してからでいいよ。俺は後から来たから、お先にどうぞ」
割と低めの声だ。
よく通る低い声。でも素敵。聞きほれてしまう。
見とれてしまっていた。
まだ、行先のボタンを押していなかっただなんて。
どうぞ、と彼に順番を譲られてしまった。
出来れば、彼より後にしてほしかったんだけど。
彼は、私がチェックを待つ間、真横で腕組みをしながら、取り出したカードをじいっと見つめている。
手元を見つめられて非常にやりにくい。


