1時間後、店員がこれまた強引に俯く直人の顔を上げさせる。グキッと鈍い音が聞こえたが、さと子は聞こえないふりをする。その代わり、彼の変化に、声を上げて喜んだ。
「すっごーい! 超かっこいい!!」
 前髪を眉毛よりも上の位置まで切り、全体的に短くなった髪を、くるっとさせている。後頭部が刈り上げられているので、とても涼しげで、男らしく頼りがいもありそうだ。
「ナチュラルツーブロックで御座います」
 さと子達にはよく分からないヘアスタイル名だが、知っている人は知っているのだろう。さと子のイメージで説明すると、横や後ろ髪は短めで、前髪は少し長めだが、その髪をふんわりとさせている髪型だ。さと子はとりあえず爽やかな印象に変わった直人に感動していた。顔だって、隠していた割には可愛いのに勿体ない。食べ物男子達の方は、勝手にヘアスタイル本を見て、「これいいなぁ」と妄想をしていた。さと子は野太い咳ばらいをし、好き勝手している男子達を遠まわしに一喝した。
「こ、こんな恥ずかしい姿じゃあの人に顔向けできないって……」
 直人は顔を隠してうずくまった。出会った頃は堂々と変態的な言動をしていたと言うのに。
「分かりますよお客さん。見せかけの姿でなら幾ら嫌われても平気でも、本当の姿で嫌われるのは、怖いですよね」
「はい……」
「私もそうでした。ですが、私はある日、好きな人の為に髪型をバッサリと変えて、生まれ変わったぐらいの気持ちで開き直って告白したんです。そして、告白した彼女は今の私の妻で御座います」
 何と素敵な話なのか。直人だけでなく、さと子や男子達も目をキラキラとさせて店員を見た。
「さぁ、勇気を出すんです。自分から行かないと、気づいてくれない方だってたくさんいるのですから!!」
 店員の言葉に、思わず全員で、「はいっ!!」と答えていた。理髪店を出ると、皆の表情が晴々としていた。
「す、すみません!」
 店員がやってきた。まだ何かあるのだろうか。全員が振り返ると、「すみません、お金……」と笑顔で手を伸ばした。全員の感動が半減した。
「……まぁ、何はともあれ、ザ・青春って感じのエピソードだったね! 久々の青春パワーに燃えてきたぞー!!」
 なぽりんは両手を握ってハッスルポーズをした。
「燃えてんなぁ、お前」
「まぁねん。ボクの予感が正しければ、今回のラブにはとてつもない青春が紛れていると思うんだ!!」
「おめーそのラブの力女落とすのに使いたくねーのか」
「ボクは他人同士を落とす方が楽しいのさっ」
 スーさんとなぽりんがラブに対する何気ない持論をする。スーさんが天下の伊達男ならば、なぽりんは恋のキューピッドなのだろう。
「なぽりん、ちょっと変わった子よね」
「うん。ナポリタンがよくいるファミレスや喫茶店では、色々なこと起こるから、よくこんなこと話してるんだ。だから、今サトちゃんを通してでも恋愛に力を貸せて嬉しいんじゃない?」
「左様。食べ物にも、様々な個性や自慢を出来る点が御座いましょう? 彼は目の前で告白、別れ話、そして女子同士の恋バナなどをよく聞いているので、それが1つの自慢なのでしょう。おひたしめも、貴方様や数少ない一部の方々に、あっさりしていて美味しいと言ってもらえるのは自慢だと思っております。その自慢の力を発揮したくてならないのでしょう」
 成程なぁ。さと子が頷く。
「で、次はどうするのさ?」
 直人に問いかけられ、待ってましたとばかりにさと子は指をさす。
「此処よ。此処で、かっこいい服を探すのよ!!」
 店は、比較的安価な男性向けファッション店だ。理髪店の時もそうだったが、さと子はあまり2人きりでこう言ったお店に入りたくない。食べ物男子は他の人の目には見えない為、論外だ。しかし、こう言った店に行き慣れていないのだろう。直人は強い腕の力を駆使し、さと子も強引に店内に入れさせた。
「いらっしゃいませー!」
 今回も直人は店員に捕まえられて言葉攻めにされる。店内に入ってしまった以上は仕方ない。さと子は食べ物男子達と確実に入らないであろう男性服を見て時間を潰した。
「お嬢さん、如何でしょう?」
 店員の声に、さと子達は振り向いた。大抵の店員は、達海などと一緒にいるとお母さんや親せきのおばさんと勘違いするのだが、粋な言い方だ。
「おおっ! かっこいい!!」
 さと子は思わず声を上げていた。食べ物男子達も、「おお~」と声を揃える。
 くたびれたスーツから、マネキンが着てそうなかっこいい服装に変化した直人は、まるで雑誌に出てくるモデルのようであった。
「ちゃんと鏡見た? ほら、かっこいいよ!!」
 さと子が直人を鏡の前まで連れてくると、始めは顔を逸らしていた直人が、チラッと鏡に視線をやると、前のめりになって見始めた。
「これ……僕か?」
「あったりまえでしょう!? ほら、さっきの店員さんみたいに、生まれ変わったつもりでぶつかってきなさい!!」
「お、おう!!」
 今度はしっかりと料金を払い、6人は店を出た。すっかり変わった直人の姿を、すれ違う女性は時折目で追っていた。何だか隣にいるのが申し訳ないな。そう思ったさと子は若干気まずい。
「そう言えばさ、そのカバンごといっつも彼女の机に置いてるの? それ、絶対邪魔がられるよ」
「いや、これは彼女が。僕が初めて置いた時、夜見に行ったら弁当が無かったからさ、その日は持って帰って食べてくれたのかなって思ってたんだけど、翌朝直接手渡されてさ。何時までも置いとくな、邪魔だろって」
「何かカバンに入ってんじゃないの? 返事とか」
「えー」
 道の脇に逸れ、2人はしゃがんでカバンを広げる。内ポケットには何も無いが、一か所、妙に盛り上がっている一番下の部分にさと子は狙いを定める。そこへ手を入れると、やはり手ごたえを感じた。皮の間に隙間がある。そこへ指を入れ、その隙間を一気に引き裂く。カバンが壊れてしまうと慌てる直人だったが、そこからはたくさんの白い紙が出てきた。
「まさかこれ……」
「手紙よ!!」
 直人が手紙に手を伸ばしたが、さと子に思い切りはじかれてしまった。すぐに読ませるわけにはいかない。手紙に日付が書かれているからだ。日付順に紙を並べると、直人に、「どうぞ」と手を手紙へ伸ばす。
「あ、ああ」
 直人は、一番古い手紙を手に取った。すると、文面を見た直人の表情が変わった。
『有難う。お弁当美味しかった。でも、直接返すのは恥ずかしいので、中身を作って返します。同じメニューでごめんなさい。けど、良ければ食べて下さい』
『今朝は、冷たい態度取ってしまってごめんなさい。男の人にこんなに尽くしてもらうことがなかったから、どうしたら良いのか分からなくって。こんな私のこと、嫌いになって頂いて構いません』
『どうして、どうしてこんな私に何時もお弁当を作って下さるのですか? こんなに冷たくしてるのに……とても、人から愛されるような人間だとは、自分でも思っていません。ごめんなさい。嬉しいんです。本当は、嫌いになんてなってほしくない。目茶目茶ですね。ごめんなさい。お弁当、美味しかったよ』
『たまにね、貴方のことを思うの。びくびくしてる貴方。いっつも顔を隠してるけど、どんな顔してるのかなって。見たい気もするけど、駄目ですか? ……って、自分が素直になってから言えよって感じですよね。ごめんなさい、忘れて下さい』
『今日は、密かにお弁当を作っておりました。貴方に返す様ではなく、貴方に何時か、個人的に食べてもらう為のもの。嫌です。最近、貴方のことばかり考えてます。だったらもっと素直になれば良いのに。顔を見ると、ついカッとなって言えなくなる。文字にしないと、冷静になれない……。今日のお弁当、可愛いくって、嬉しくなりました』
『今日もお弁当有難う。私より何時間も遅く帰るのに、何時もかかさず作ってくれて。貴方のお弁当を見るのが、密かな幸せです。そう言えば、貴方の着ているスーツ、少しくたくたでしたね。ボタンも取れかかっていて、直してあげたかったです』
 そこには、ピュアな彼女の、可愛らしい言葉が幾つもあった。それに気づかない彼のことを知ってか知らずか、手紙ばかりが増えて行ったのだろう。直人は無言で読み進める。そして、今日の手紙だ。