「……」

 木の上で、惟道は下できょろきょろしている章親を見ていた。
 風があるので、少々の木の葉が落ちても気にならない。

 しばらく辺りを見回していた章親だが、諦めたらしく、そのまま歩いて行く。

「あれが、安倍の陰陽師……」

 惟道は身が軽い。
 大きな木に一瞬で飛び乗ることなど、わけなかった。

 しばし章親の後ろ姿を見送った惟道は、ゆっくりと視線を内裏に向けた。
 懐に手を突っ込み、取り出したのは道仙に渡された式神。
 渡されたときは真っ白だったが、今はそれぞれに、小さな茶色い染みが付いている。

 惟道は、それを無造作に内裏に向かって投げた。
 ひらひらと舞いながら、式神は内裏の塀を越えて中に入ろうとした。
 だが、次の瞬間、ばちっと火花が散り、式は中に入り込むことなく燃え上がる。

 ふ、と息をつき、惟道は帯に挟んでいた小刀を取り出した。
 道仙は穢れを付けた式さえ内裏の近くに撒けば、あの鬼は自力で内裏内に入るだろうと言ったが、そんなことはあり得ない。

 あの鬼は、本来餌として与えられた者の血に触れたものにしか反応しない。
 餌として与えられたはずなのに食えない者の代わりに、その者の血の穢れに触れたものを食うのだ。