♢♢♢政宗side


「あら、坊っちゃん。いつもより遅いお帰りで」


「……その坊っちゃんって呼ぶの、やめてくれないか」


理事長に呼び出されたその日の午後から、僕は無駄な授業に、しょうがなく出ることにした。

いつもより帰りが遅い僕を、我が家の家政婦であるトミ婆は不思議そう見てくるが、それを無視して無駄に広い家のリビングのドアを開けると、珍しく父の姿があった。

それに気づいた瞬間、何故だか無性に息苦しくなった気がした。



「政宗、今帰ったのか」


そう言いながら父の顔は僕を向いていない。

いそいそとボストンバックに荷物を詰め込んでいて、またすぐにいなくなるのだろうと思った。



「…はい。只今帰りました」

「この前の模試の結果は出たのか?」

「はい」


そう言って父に鞄から取り出した用紙を差し出す。

大丈夫……
今回も1位だった。

きっと認めてくれるはずだ、僕のこと。


僕から渡された模試の結果を見た父は、あからさまに「はぁ…」と大きな溜息をついた。

思わず、その溜息に、ビクリと身体が動いてしまった。




「何故、満点じゃない…?」

「…っ、」

「政隆(まさたか)は常に満点だった。…実に未来の白鳥病院を継ぐに相応しかったのに……」


父は、僕の横を通り過ぎる前、僕の肩にポンと手を置いた。


「政隆はもういない。…政宗、お前は白鳥病院の跡取りだ。もっと頑張りなさい」

「はい……」


ーーーパタン、と閉まったドアの音が遠くから聞こえた気がした。


……頑張っても、頑張っても、僕は兄さんを越えられない。






父がいなくなったリビングの端にある棚の上には、1枚の写真が飾ってある。


……3年前に交通事故に巻き込まれて死んだ、兄の写真だ。




兄が死んだ日から、白鳥病院の跡継ぎは僕になった。


毎日、毎日、優秀だった兄さんと比べられ、
『もっと頑張れ。もっと頑張れ。』


だから僕は、父の期待に応える為にも、無駄な時間は過ごせない。
もっと頑張らなきゃいけないんだ。


だから、あんなチャラついた五十嵐律と鳴海恭弥とかいう奴らとなんて一緒にされた困るんだ。