日常の体温、特別の鼓動



ぼくは彼女の前に片膝を突いた。

そうしないと、背が高すぎるぼくには、彼女の移乗の介助は難しい。

ぼくの意図を察した彼女が声を高くする。


「ちょ、ちょっと待ってください! 何でわざわざ移乗するするんですか?」

「練習のときはソファだし、普段から近い距離で慣らすほうがいいって、みんな言うし」

「それはわかってますけどっ」


彼女の手が電動車椅子のコントローラに触れようとする。

逃げないでほしい。

ぼくは彼女の手首を、そっとつかまえた。


「じゃあ、ぼくからのリクエスト。お菓子を焼いてきたから、隣同士で食べたいんだけど、ダメですか?」

「……好きにしてください」