恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】

東京は初夏の陽気に包まれている。


5月も下旬に差し掛かり、もうすぐ梅雨の季節が訪れようとしていた。


その日は仕事が休みで、朝から潤一のアトリエで過ごしていた。


昼食にカレーを煮込んでいると、リビングに来るようにと潤一に言われた。


「カンボジア?」


明後日の朝に発つ、と言われたところでいまさら驚きはしない。


「そ。アンコールワット」


「ふうん。次はアンコールワットね」


アンコールワットの次はどこかな、と冗談めかして笑うと、


「アンコールワットの次はないよ」


潤一は1枚の茶封筒をテーブルの上に置いた。


「アンコールワットで最後だから」


日本を離れるのは今回が最後だと言う潤一を、あたしはついいつもの調子で笑い飛ばしてしまった。


「嘘。どうせまたふらっといなくなるんでしょ」


榎本潤一のことだ。


カンボジアを最後に黙って大人しくしていられるはずがない。


「本当に。アンコールワットで最後だから」


「信じない」


日本でじっとしていられるの? 、とけらけら笑うと潤一は肩をすくめて苦笑いした。


「信じてよ。本当に最後だから。歳も歳だし。いつまでもふらふらして陽妃に愛想尽かされたら困るし。肉じゃが食いたいし」


そう言って、潤一は茶封筒をあたしの前へすすっと滑らせた。