恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】

右肩をわた雪に叩かれて、弾かれたように振り向いた彼は、真後ろに立ちすくんでいたあたしを見て驚くわけでもなければ、ただ普通に、やわらかく微笑んだ。

そして、静かに、たっぷりの時間をかけて立ち上がった。


なんだろう。

音のない純白の不思議の世界にぽーんと投げ出されてしまったような気分だ。

つやつやの黒髪。
夜の中でもひと際純粋にくるくると輝いて、あたしを捕らえる、黒曜石のような瞳。
切れ長でミステリアスなのに、やさしい目。
寒さでトナカイのように赤くなってしまった鼻先。
海斗が微笑むと口元から漏れる吐息は白くけぶって。


どうしてなんだろう。


海斗と目が合うと、あたしの体は固まってしまう。昔からそうだ。
それで、その黒曜石のような瞳に吸い込まれそうになる。
12年経って、お互い大人になった今でも。


海斗。

12年間、あれほどまでに恋焦がれ、待ち焦がれた人が、いま目の前にいるのに。

声も出せなければ、体も動かない。
ただ、ただただ、海斗への想いが涙になってあふれた。

あまりにも涙が止まらず、恥ずかしくて赤いマフラーに顔をうずめてしまおうと思ったその時、先に沈黙をやぶったのは、海斗だった。


「なにさあ、泣き虫だなぁ」


氷のようにかじかんで冷たい手がすうっと伸びて来て、マフラーをぐいっと下げた。


「約束」


その優しさの塊のような声にはっと顔を上げると、海斗はちょっと照れくさそうに笑った。


「約束、覚えとるかね」


陽妃、と12年前と全く同じ声で名前を呼ばれた瞬間に、走馬灯のようにばかみたいに海斗との思い出が全身に竜巻のように駆け巡った。