恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】

「面白い名前ですね。飼ってるんですか?」


聞くと、彼女はううんと首を振って優しく微笑んだ。


「飼ってるわけじゃねんだけど。雨の夜になると揃ってご飯食べに来てくれんだよ。なー」


「にゃー」


「にー」


2匹は差し出された小皿に駆け寄ると、ご飯にがっつく。


その様子を嬉しそうに見つめて、彼女は妙なことを口にした。


「会社帰りなんだべ」


あたしはネコたちが驚かないようにそっと近付きながら笑った。


「会社、ですか?」


んだ、と彼女は頷く。


「ネコの世界さもあるんだってよ。株式会社」


面白いことを言う人だなあと思った。


「して、雨の日は会社休みなんだよなー、社長、部長」


彼女は2匹を撫でながら微笑み、あたしに聞いてきた。


「今日は遅かったね。いま帰って来たの?」


「あ、はい。残業で」


「疲れたっしょ。ご苦労さん」


「いえ……あの、今夜は空いてるんですね」


ひょいと店内を覗くと、空いてるどころかがらんとしている。


カウンターの奥にバーテンダーの男性が居るだけで、お客さんはいない。


「ああ、今夜は暇なんだべ。誰も来ないよ」


やっぱり、この雨のせいなのかもしれない。


いつもは必ず、少なくても2、3組のお客さんが居るのに、今夜はひとりもいない。


明日は仕事が休みだということを思い出し、あたしは彼女に言ってみた。


「あの、いいですか、入っても」


すると彼女は、社長と部長の頭を撫でてすっと立ち上がり「どうぞ」と微笑んだ。


入ってすぐに、ああ、と納得した。


緋衣ちゃんが言っていた「出そうな店」。


確かに。


だからといって、オカルトチックという意味ではなくて。


暖かい雰囲気のお洒落な店内だった。


でも、よくありがちなお洒落なバーとは明らかに何かが違う空気が隅から隅まで充満している。


無数のキャンドルの明かりのみの店内はぼんやりと仄明るく、教会のミサのように厳かな雰囲気が漂っていた。


ソファ席がふたつ、テーブル席が10、カウンター席が9。


向こうが透けて見えそうで見えない純白のレースでぐるりと覆われた店内。


静かなジャズが然り気無く流れている。


熱帯魚が泳ぐ水槽と、小さな神棚。


カウンターの正面奥にずらっとディスプレイされたウイスキーやバーボンの種類の多さに驚きながら、あたしはカウンターのいちばん奥の席に座った。


「いらっしゃい」


と、コースターを差し出したバーテンダーの男性は坊主頭で、ワイシャツに黒いベスト姿で、一見強面の印象だった。


「あんれー? この上の部屋さ住んでる子でないの?」


一見怖そうで無口なのかと思ったけど、気さくで親しみのある話しやすい人だった。