ソリの点検をしながら、啓さんがボソッとつぶやいた。
「深雪、ちょっと笑ってみ」
「はい?」
「笑ってみ」
「こうですか?」
ニヘラッと気の抜けた笑みを彼に向けてみる。
そんな私の目の前に人差し指を突きつけて、啓さんは「それだよ、それ」と口をへの字に曲げる。
端正な顔立ちなのにそういう顔もするのね、なんてこの場には相応しくないことを考える。
「そういうの政につけ込まれるよ。隙が多いっていうかさ。よく言われるしょ。どんくさいし」
「言われたことないですよ、隙が多いなんて。どんくさいも余計ですよ!…………大丈夫です。自分の身は自分で守れますよ!もう25歳ですからね!」
エッヘンと胸を張っていると、さっき突きつけられた人差し指を私の鼻に移動させてツンとつついてきた。
「客と話してる時もそうだべさ。この間そのせいで変な客に言い寄られてたしょ。笑ってごまかしやがって」
「この間?………………あー、アレですね。うちの息子の嫁に来てくれ!ってやつ。あれは笑ってごまかすしかないでしょう!笑顔は女の最大の武器ですよ〜」
「笑うところじゃないべ。相手が客だとしてもその辺の区別はしっかりしてもらうように、ハッキリ言ったらいいんだわ」
今日の啓さんはいつもに増して怒りっぽいなぁ。
よっぽど政さんと合わないのかしら。
イライラしてるっていうか。
まぁ確かに彼自身、彼の見た目に惹かれて騒いでいるお客様がいたりするとちょっと冷たく接しているのは見たことがあるけれども。
客商売なんてそんなもんだと思っているので、私は気にしていない。
「お客様にとっては、きっとここは非現実的で面白い場所だと思うんですよ。そういうところに行くと、人でも物でもえらく輝いて見えるものなんです」
「輝いて見える?」
意味が分からないのか、啓さんはじっと私を真正面から見つめてきた。
あまりにも真っ直ぐすぎて、得意の愛想笑いも浮かんでこない。
時々彼はこういう目をする。
嘘をつくのが嫌いで、曖昧なことが嫌いで、抽象的な表現が嫌いで。
犬が好きで、犬ゾリが好きで、仕事が好きで、この土地が好きで。
それ以外のことには少し疎い。
啓さんも輝いて見えます、なんて死んでも口にするもんかと思った。



