青と口笛に寄せられて



10時になりお客様を迎え、啓さんたちが彼らに犬ゾリの歴史や乗り方なんかを詳しく教え、みんなで分かれて実際に犬たちと触れ合わせて丁寧にレクチャーをして。
休憩を挟んで犬ゾリで離れた場所にあるロッジに向かう。


そこには昨日東京へ帰ろうとする私に、視線をくれていた中年の男性が待っていて、温かいカボチャスープを振る舞いながら挨拶してくれた。
彼は江田さんといって、毎年冬の間だけ住み込みで働いているらしい。
主な仕事はロッジの管理で、スノーモービルで先回りして部屋を暖め、昼食の準備をして片付けまでおこなう内容。
他の従業員同様、とても優しい笑顔の人だった。


私は犬ゾリについてまだ詳しく知らないし、語れるほど経験もない。
今日啓さんが話してくれた数々の知識は、まだほんのひと握りしか理解出来ていないし、素人同然だ。
だけど、犬ゾリの魅力に惹かれて、そしてそれを多くの人に伝えたいと思う気持ちは確か。


いつか必ず1人前になって、胸を張って犬ゾリについて語れるようなスタッフになれたら……、と。
本気で思ったんだ。





帰りのソリは啓さんがマッシャーとなり、私はバスケットの中に身を沈めてひたすら景色を堪能した。


最後尾なので、前を行くお客様たちの「キャーキャー」という歓声を聞きながら悠々と風を感じる。
この風も気持ちよくて、相当溜まってきた疲れも一時的に忘れられた。


「疲れたか?」


頭上から啓さんの声が聞こえて、上を見上げて微笑みを返す。
ネックゲイターできっちり口を覆っているので、私の表情は彼には見えていないと思うんだけど。


「疲れてますけど、心地いいです」

「相当ハマったんだな、犬ゾリ」

「はい」


迷うことなくうなずいた。


啓さんも私と同じで、ゴーグルにネックゲイターという出で立ちでどんな顔をしているのかは分からない。
なのに何故か、彼も笑っているような気がして。
少しだけ嬉しくなった。


そして、やがて上から聞こえてきた口笛。


「あ…………、これ……」


そういえば遭難して犬ゾリに乗せられた時、啓さんは悠長に口笛を吹いていたっけ。
その時と同じ曲だ。


ちょっと優しいような、切ないような曲。
そのなんとも言えないメロディーに包まれて、不思議なくらい安心感を感じた。