私の心を察した啓さんは不満そうに眉を寄せて、ハァッとため息をついた。
「あのな。誰がしつけしてると思ってんだ。客のソリを引かせるのは人懐っこい奴らしかいないから安心しろ」
それで少しホッとした。
1頭ずつ檻から出してハーネスの取り付け方を丁寧に教わった私は、慣れない手つきで犬たちと触れ合いながらゆっくりハーネスをつけていった。
そして、その時に「あ、やっぱりな」と思った。
犬に触れる時の啓さんは、満面の笑顔なのだ。
加えて優しい声がけと、愛情を伝えるように撫でる仕草。
本当にこの人は犬が好きなのね。
彼を取り巻く空気で、第三者の私にも伝わってきた。
「手が止まってるべ」
啓さんの横顔をボーッと見ていたら、本人がぐるっとこちらを向いて私の手元を指差す。
ハッと我に返って「すみません」と作業に戻った。
あとから竹下さんと新庄さんも倉庫へ来てくれて、犬たちを外に連れ出すのを手伝ってくれた。
お客様を迎える前にこちら側で準備をすることは山ほどあって、流れや手順だけじゃなくてその日ごとに違うお客様のことも把握しておかなきゃいけなくて。
今までの生活・仕事からかけ離れたこの土地で、私はただひたすら吸収していくしかなかった。
「…………ということで、今日は5組12名のお客様のご予約が入ってます。3組2人、2組3人です。ソリは3組4ドッグス、2組6ドッグスでいこうと思ってます。新庄が3ドッグスで先頭を、最後尾を啓と深雪ちゃんが4ドッグスで。竹下さんはモービルで中継結んで下さい」
会社で言う朝礼みたいなものが外で始まり、泰助さんがA4サイズの紙を配る。そこには今日の予約のお客様の情報が書かれていた。
それを元に仕事内容を話してくれている……んだけど。
私にはさっぱり理解出来ず。
「はい」と返事をするみんなの中で黙り込んでいた。
スノーモービルは3台あるらしいんだけど、全て小型の1人乗りのものだった。
なるほど、確かに1人乗りのものでは遭難者の救助には使えないわけだ。



