犬舎では犬たちがそれぞれ思い思いに過ごしていた。
静かにのんびり地面に伏せて休んでいる犬、ソワソワ落ち着かずにうろうろしている犬、ひたすら檻の外に向かってワンワン吠えている犬、ちょこんとお座りして様子を伺っている犬……。
十人十色という言葉があるけれど、犬も同様のようだ。
「あんた、犬の顔の違いは分かるんだったよな」
犬舎に入ってすぐに啓さんに確認され、私は再びメモを取り出しながらうなずく。でも確認されてしまうとそこまでの自信は無いんだけど。
「一応、たぶん分かります……」
「じゃあアレだ。顔と名前が一致するかどうかってところだな。今のところカイだけか、名前分かるのは?」
「はい、そうですね。カイはあの一番奥の左側の檻の中にいますよね」
朝早くに来た時に、カイのことはしっかりチェックしていた私。
青い目でこちらを見つめ、かまってほしそうに吠えていたのを思い出す。
啓さんが犬たちを見渡しながら話を続けていく。
「ふーん。それだけは褒めてやるよ、ほんとに。ただ31頭全部覚えるのは時間がかかると思うから頑張るしかないな。こいつら、ソリを引く時はそれぞれみんな大体ポジションが決まってるんだわ」
「ポジション?」
「そう。大きく分けて4つに分類されてるんだが、ソリの先頭からリード犬、ポイント犬、スイング犬、ホイール犬……つまり最後尾はホイール犬になる。ソリを引く頭数にも寄るけど、リード犬とホイール犬はしっかり決めてるから、そこは押さえておいて」
「リード犬とホイール犬……」
「リード犬は先頭を走るから言うなれば頭のいい奴じゃないとダメなんだ。マッシャーの指示をしっかり聞いて、即座に動ける犬がリード犬になる。ホイール犬は最後尾だからなるべくどっしり構えてる奴がいい。ほら、綱引きとかで体がデカい力持ちが一番後ろにいるしょ?あれと同じ」
ヤバい。メモが追いつかない。
「ポイント犬はリード犬の見習いがつくポジションってとこかな、次期リード犬というか。スイング犬は訓練犬とかすぐ調子に乗るような……いわゆる問題児があてられるところ。ツアーではポイント犬とスイング犬を配置するほどでっかい並びにはしてないから参考までに。カイを含めた訓練犬4頭を除いた27頭は、しっかり鍛えてあるから問題ない……はず」
もはや私には返事をする余裕もなかった。
手に持ったメモには、リード犬とホイール犬の特性のみ書いただけ。
無理です、全部メモするのは。



