「まっしゃー?って何ですか?昨日からちょいちょい耳にしてたから気になってたんですけど」
もはやメモをとるのも忘れて、井樋さんにガンガン質問を浴びせる。
気になったことはすぐに聞いておかないと、あとで忘れてしまうことが多いから。
怒られるわけじゃないし、別にいいよね。
井樋さんは私の方を見向きもせずに、手元のバインダーに視線を落としながら淡々と答えてくれた。
「犬ゾリの乗り手のことを、マッシャーっていうんだ」
「なるほど……。犬ゾリのレースなんていうものが外国にはあるんですね〜。しかもそれに出てたなんて……。凄いなぁ!」
「日本にも犬ゾリの大会はあるけど」
「えええ!行ってみたい!出ないんですか?」
「大会の頃はこっちがたいてい繁忙期だから、そんなヒマなんて無いしょ」
なーんだぁ。残念。
ちぇ、と口を尖らせる。
「でも凄いなぁ。本当に犬ゾリと犬が好きなんですね。それでカナダに行っちゃうくらいだもん」
思ったままを口にしたら、井樋さんが持っていたボールペンをバインダーに置いて私の方をぐるりと向いてきた。
何か言いたげな目をしている。
なんだなんだ?と思っていたら、呆れたように彼が口を開いた。
「さっきから凄い凄い連呼してるけど、別に何も凄くなんかない」
「いいえ、凄いですよ」
私は負けじと言い返した。
「適当に大学に行ってバイトに明け暮れる毎日を送って、やりたいことも無くてとりあえず就職出来ればいいや、って就いた仕事がめちゃくちゃつまんなくて、挙句追い討ちをかけるようにあんなことがあった私にとっては、井樋さんは凄い人ですよ」



