青と口笛に寄せられて



建物を出てすぐの除雪後の雪山の中に、左手を丸ごと突っ込んで数分。
玄関から井樋さんが鍋を持って出てきた。
そして、私の姿を見て一言。


「あんたさぁ、どんくさいって言われるべ」

「ちょっと抜けてる、とかは言われますけどね」

「ちょっとどころじゃないしょ、それ」


地味に傷つく言葉を平気で吐き捨てた彼は、鍋を持ったまま私のそばまで近寄ってきた。
そばまで、どんどんそばまで、いやものすごくそばまで近づいてくる。
綺麗な青い瞳が私の顔のすぐ横まで近づいてくる。


おおおおおおお。
何なのよ!
顔がっ、顔が近い!!


「他のお客さんに聞かれるとまずいから、あんま大きい声で言えないんだけど」


と、前置きして井樋さんがその青い瞳で私を見つめた。


「泰助さんに言われてんだわ、あんただけ特別に早い時間にソリに乗せてあげて、って。今日東京に帰るって言うし、足も怪我してっから、せめて夕方の便で帰れるようにしてやれってさ」

「へ?は、はぁ……」


完全にうわの空の返事。
いや、そんなことよりも顔!
早く離れてよお!
私、整った顔の人には免疫ありません!
あぁ、でも瞳の色、めちゃくちゃ綺麗〜!
…ってなんでこんな時に、私ったら!


「今から案内すっから、あんまり騒ぐなよ」


井樋さんはそこでようやく近づけていた顔を離してくれた。
息が詰まるかと思って妙に息切れしている私とは対照的に、彼は涼しい顔で歩き出した。
慌ててその背中を追う。


集中してちゃんと話を聞いてなかったけど、他のお客さんとは別にして私だけ先に犬ゾリに乗せてくれる、みたいなことを言ってたような……。
優しすぎる泰助さんの気遣いに、涙腺が緩みそうになった。