青と口笛に寄せられて



教えられた通りに私が大体の料理の仕込みを終えた頃、グツグツ弱火で煮込んでいたビーフシチューの味見をした聖子さんか好子さんのどちらか(ごめんなさい、見分けがつきません)が、「うん」と納得のサインを出す。
そして、火を止めると鍋を私に突き出してきた。


「はい、これ。お願いね〜!」

「………………はい」


なにがなんだか分からないまま、差し出された鍋を受け取る。
全くもって流れが把握出来ていない。
おっきくて重い鍋をじりじりと運びながら、広くて長い廊下を足を引きずって歩く。


ヤバい、重い、足も痛い。
でも鍋を床に置くことも出来ないし。
誰か、ヘルプミー!


すると後ろで


「おい、持つから」


とタイミングよく現れた井樋さん。
助かった!腕が限界でした!


「すみません」と言いながら鍋の取っ手をなるべく受け取りやすいように渡そうとしたら、鍋がグラついた。
パッと見開いた井樋さんの青い瞳。
鍋をかばおうとして咄嗟にしゃがんだ私は、左手でしっかりと鍋底を支えた……はいいものの。死ぬほど熱かった。


「あっちーーーーーーーー!!」


廊下にこだまする、私の悲鳴。
どうにか鍋はひっくり返ることなく、井樋さんが水平を保ってくれていた。
ホッとしたのもつかの間、ベシっと頭を手のひらで叩かれた。
私の口から「痛っ」とさらに悲鳴が漏れる。


「バカやろ!何してんだ!」

「ご、ごめんなさい……大声出して……。お、お客様からクレームとか来たら…………」

「そうじゃない!ヤケド!」


井樋さんに言われて左手を見てみたら、鍋底に触れた親指と中指の指先が少し赤くなっていた。
軽いヤケドって感じ。


「あ、大丈夫です!年々、年とともに指の皮が厚くなってきてですね、そこまでダメージは……」

「いいからさっさと外に行け!雪で冷やして来い!」

「なるほど!」


火を吹くんじゃないかってくらい、井樋さんは怒っていた。
黙ってれば端正で綺麗な顔をしてるっていうのに、彼は笑いはしないもののよく怒る。さらに言えば、口調もキツい。


私は一目散に廊下を走って外へ急いだ。