「啓さんは……」


私は言いかけて、答えを聞くのが怖くなった。
「ん?」と啓さんが続きを知りたいのかじっと目を見つめてくる。
その目で見るのは、ちょっとズルい。


「啓さんは、私が東京に戻ると決断しても平気ですか?」


今、この瞬間の私の顔はどんなだろう?
笑っているのか、泣いているのか、険しいのか、なんなのか。
自分ではよく分からなくて、無表情なんじゃないかと錯覚しそうになる。


少しの間を置いたあと、啓さんは今までで一番優しく微笑んだ。


「深雪の人生は、深雪が決めることだべ。何を選んでも、文句は言わない。それが正しいことだと思ってっから」

「……………………分かりました」


言ってくれなかった。
私の欲しい答えを。


立ち上がって、その場で頭を下げた。


「もう寝ます。おやすみなさい」

「深雪」


啓さんに呼び止めるような声が聞こえた気がしたけれど、振り向かなかった。
扉を開けて廊下へ出ると、すぐさま自分の部屋へ飛び込んだ。


住み慣れた部屋に入った瞬間、涙がポロッとこぼれた。


━━━━━俺は深雪にここにいてほしい。


そう言ってほしかったのに。
それだけで良かったのに。


東京に戻るしか、私の道は残されてないの?
ここにいちゃいけないの?
犬ゾリの楽しさを教えてくれたのは啓さんなのに。


こんなの酷いよ。

胸が痛い。


ぐしゃぐしゃになった顔のままベッドに倒れ込んで、グズグズ泣いた。
そしてそのうち、眠ってしまった。