「早くこの子たちを犬ゾリ犬としてデビューさせてあげたいです」
切実な願いとしてつぶやくと、啓さんは「そうだな」と賛同してくれた。
でも彼には妥協という文字は無い。
完璧に育つまでは絶対にお客様を乗せないというのがポリシーのようで、ゴーサインが出るにはもう少しかかりそうだ。
「そういえば啓さんの口笛、最近聞いてないです。吹かないんですか?」
ふと思い出して何気なく聞いただけの質問だった。
啓さんはコックリうなずいて視線を前方に向ける。
「フィンランディアは俺の中で冬の曲なんだ。だからあれは、冬限定」
「なんだぁ〜、あの曲聴くと、すっごい癒されるのになぁ……。じゃあ次の冬まで待つしかないですね」
「次の冬って……」
少しだけ啓さんが驚いたように目を見開いた。
その反応がやけに彼らしくないというか。
眉を寄せて訝しげに彼を眺めていると、前方だけを見ていた啓さんが私に視線を向けてきた。
「………………どうかしたんですか?」
なんだろう、と若干不安になりつつも聞いてみた。
啓さんは何も答えなかった。
青くて透明感のある彼の瞳は、どこか濁って見えて。
とにかくいつもと様子が違うことだけは、鈍い私にだって分かった。



