もくもく立ちのぼる湯気に包まれて私が首をかしげているのを見て、里沙は大げさにため息をついた。
まるで姉妹の立場が逆転しているみたいに、彼女は私を諭すように口を開いた。
「いい?姉ちゃん、よく聞いてね。旅行に行くって言ってそのまま北海道に住み込んで働くなんて、そんなのお母さんが心配しないわけないでしょ?お正月も帰ってくることもなかったし、お父さんだって本当はヤキモキしてるのよ」
「え…………、だ、だってこっちで働くからってお母さんに伝えた時、めちゃくちゃ笑ってたんだよ!よっぽど楽しいこと見つけたのね〜、とかなんとか……」
「そりゃそうでしょ、お母さんは基本的には楽天家だもの。でも心配してるのは伝わってきたでしょ?毎日メール来てるでしょ?」
メールどころか、返信しないと電話攻撃が始まるからなかなか厄介だと思っていたところだった。
まさかあのお母さんが私のことをそんなに心配しているなんて思ってもみなかった。
「東京と北海道、どれだけ距離があると思ってるの?」
お説教モードに入った妹を止める術はない。
25年で学んだ彼女との距離感。
「ひ、飛行機で……1時間半」
「違うでしょ!紋別から札幌まで、札幌から新千歳空港まで、それから羽田空港から八王子まで!全部入れて計算して!」
「え〜っ!えっと、えっと〜……ザッと計算して……7時間弱かな?」
「ほら見なさいよ」
湯気の向こうに里沙の勝ち誇った顔。
「1時間半なんて嘘でしょうが」という言葉が聞こえてきそうな、ちょっと意地悪な顔だった。
「もしも、お母さんが交通事故に遭ったら?もしも、お父さんが脳梗塞で倒れたら?もしも、調布のおばあちゃんが心臓発作で倒れたら?すぐ駆けつけてこれるの?」
私は何も言い返せなかった。



