「ホテルの部屋がひと部屋しか予約取れてなかったんですよ。親戚の方にちゃんと伝えてくれなかったんですか?」


チラリとフロントを振り返ると、さっきの女性従業員が顔を上げて啓さんに何かを伝えているのが見えた。
なんと言っているのだろう?


そんな私の耳に、政さんがあっさりと答えた。


『だって俺がツインルームひと部屋でお願いしたんだもん。ホテル側は間違ってないよ。シングル2室からツインに変更してもらったんだわ!』

「………………え?なんで?」

『その方が進展するっしょ、君たち。タイミング合わないからっていつまで経ってもそのままじゃ、こっちがやきもきするからさ〜』


お気楽な口調の政さんの言葉を聞きながら、私の脳裏に少し前の光景が過ぎった。
そういえば、彼は「強行手段だ!」とか言ってどこかに電話をかけていた。
まさか、その電話ってこれのこと?


「どど、ど、どうしてそんなことー!!」


気がついたら私は叫んでいた。
涙目で。


電話越しに政さんが笑っているのはかろうじて聞こえていたものの、携帯を後ろから誰かに取られた。
急いで振り向くと、啓さんが私の携帯を奪っていた。


「帰ったらどうなるか分かってるべな、政」


それだけ告げて、ブチッと通話を切ってしまった。
彼がムスッとしているのはいつものことだけど、どう見ても内側から沸き上がる怒りを抑え切れない様子。


こんなに怒ってる啓さん、見たことない。
それほど私と一緒の部屋が嫌ってことよね。
麗奈さんが聞いたらどう思うんだろう。
こうなったらベッドとベッドの間に枕とか積み上げて壁を作ってそれを写真に撮って送って…………。


「金曜の夜だから、部屋はほとんど満室らしい。鍵はもらったからもう行くべ」


苦悩する私の思考を途切れさせた啓さんの言葉。


なぬ?
それはつまりどういうことなの?
シングル2部屋は無いってことよね?
つまり、つまり。私はどうすれば…………。


アタフタする私の荷物を持った啓さんが足早に歩いていくのを、慌ててついていくことしか出来なかった。