真っ暗で、静かな空間。
ピリッとした冷たい空気の中に、私と啓さんと、カイの存在だけが浮かび上がる。
周りは雪の積もった木が取り囲み、雪が踏み固められた地面を歩く。
「カイは……いつ頃からお客様を乗せられますか?」
私が尋ねると、リードに繋がれて少し先を歩くカイがこちらを気にするように鼻先を向けてきた。
その目に向かって微笑みかけると、満足したようにまた前を向いた。
白い息を吐きながら、啓さんが答えてくれた。
「次の犬ゾリのシーズンから出してやりたいと思ってるよ。その前に客と交流する訓練もしたいから、犬ゾリ犬の世話体験あたりで徐々に鳴らすつもり。時々吠えるから、それだけ止めさせないとなぁ。子供が怯えるし」
「こんなに優しい目をしてるのに」
いそいそと歩くカイの後ろ姿は、ソリを引っ張っている時とは違う。
単純に夜の散歩を楽しんでいるような、飛び跳ねるような歩き方だ。まるで無邪気な子供みたいに。
「あの〜、私、カイがお客様の前に出る時にそばにいてもいいですか?」
「ん?」
「カイの担当になりたいんです。初めて見た時の、この子の顔がね、すごく印象に残ったのをいまだに思い出すんですよ」
遭難しかけて足を痛めた私に、目を細めて足元にすり寄ってきたカイ。
あの瞬間少し不安が和らいだなぁ、と。
大丈夫だよ、って言ってくれてるみたいで。
だから今度は私がカイに、人間って怖くないよ、ここの人たちみたいにみんな優しいんだよ、って教えてあげられたら……。
私の申し出を聞いて啓さんはしばらく黙っていたけれど、やがてうなずいた。
「いいよ。任せる」
「ほんとですか!?嬉しい〜!」
「ただし、可愛がるだけじゃダメだ。ちゃんとアメとムチを使い分けろよ」
「はーい」
抑えきれない嬉しさを顔に表してニヤニヤしていたら、何故か啓さんまで吹き出していた。



