こういうギャップはズルいと思う。
ピアノが弾けるなんて聞いてない。


ピアノ弾きの啓さんに、すっかり私は見とれてしまっていた。


その優しくて温かい旋律は、彼自身に似ているんじゃないかって勝手に思った。
きっと本当はこの曲みたいな人なんだ。


始まった時のようにそっと鍵盤に手を置いて曲を弾き終えた啓さんは、ふうっと息を吐いてイスの背もたれに体をつける。


「やっぱいいな、啓のピアノは!」


澄み渡った空気を元に戻したのは、元気のいい政さんのひと声。
彼は満面の笑みで啓さんの肩を叩いていた。
当の本人はうんざりしたような顔。


「途中何回かミスったわ」

「誰も気づいてないしょ」


クラシックに疎いのは私だけじゃなく、この場にいる全員だったらしい。







リビングから部屋へ戻る時、啓さんに聞いてみた。
「さっきの曲、なんていうタイトルですか?」と。


「ずっと気になってたんです、口笛の曲」

「シベリウスの、フィンランディア」


彼はすんなり答えてくれたものの、聞き慣れないカタカナの言語に戸惑って聞き返す。


「え?シベリアンのフィランソワ?」

「ふざけてるべ」

「真面目ですっ」


真顔で言い返すと、啓さんは私の額にデコピンをしてきた。