緒川支部長は、厨房で手早く料理を作っている健太郎を見ながらため息をついた。

(なんでよりによってこいつと晩飯…?)

なりゆきとは言え断り切れず、健太郎と一緒に夕飯を食べる事になってしまった。

緒川支部長はスーツの内ポケットからスマホを取り出し、“営業部長に飲みに行こうと誘われたから今日は帰りが遅くなる”と愛美にメールを送った。

嘘をつく必要などないのかも知れないが、健太郎と一緒にいるとは、なんとなく言いづらい。

(晩飯食ったらさっさと帰ろう…。)


“お疲れ様です。
飲みすぎないように気を付けて下さいね。”


愛美からの返信は短く、感情も感じられず、恋人ではなく上司に送るメールのようだった。

(遅くなってもいいから来て、とか…たまには言ってくれないかな…。)


しばらくすると、健太郎は手際良く作った料理をテーブルの上に並べた。

「試作品の材料の残りで作ったんで、たいしたものはないんですけど…。」

「いや、じゅうぶんだよ。この短時間でこんなに作れるなんて、さすがはプロだな。」

「緒川さん独身ですよね?料理はしますか?」

「いや、料理はまったく。この歳になって恥ずかしいけど、米も炊いた事ないよ。やっぱり少しくらいはできた方がいいかな。」

取り皿と箸を手渡しながら健太郎は笑う。

「緒川さんモテそうだから、毎日手料理を食べて欲しいって言う女性の一人や二人、いるでしょう。」

「どうかな…。そう思ってもらえるといいんだけど。」

(俺が料理できないのを愛美がどう思ってるかなんて、聞いた事ないよ。)

料理がまったくできない自分にとって、料理では健太郎に対して勝ち目がない。

プロの腕前には敵わなくても、いずれ結婚した時のために、やっぱり少しくらいは料理を覚えた方が良さそうだ。