「で、でも……」


明彦はまだ必死で言葉を探している。


あたしの心が完全に自分に残っていないとわかっているのに、引き止めようとしている。


「ねぇ明彦、もうやめてよ」


あたしはゆっくりとそう言った。


明彦の目に涙が浮かぶ。


「あたしは明彦が思ってるような女じゃないよ」


あたしが明彦に見せて来た顔は、ほんの一部だ。


「知世……」


明彦がまるで迷子の子供のような表情を浮かべた時、屋上の扉の向こうから視線を感じて振り向いた。


「どうした?」


「今視線を感じなかった?」


「視線?」


明彦は首を傾げて扉へ視線を向ける。


その時だった、誰かが階段を駆け下りるような足音が聞こえて来たのだ。


あたしと明彦は咄嗟に扉へと走る。


しかし、そこにはもう誰もいなかったのだった。