安定した美味しさが口の中に広がって
また私を笑顔にする。
本当にこんなにおいしいのに、
みんなに知られていないのが悲しいよ。
「そういやさ」
「ん?」
「沖野さん、今日で引退なんだろ?」
「そうだよ!
最後のシングル聴いた?
もう涙腺崩壊だよ、本当に。
……でも寿退社だもん。
女として最高の終わり方だよ。」
「美鈴も結婚して辞めんの?」
「長曽我部さんが反対するからありえないけど
でも私はそんな勇気、きっとないだろうなー。
今は私の年収とか売り上げとか右肩上がりだけど
絶対に飽きられるときが来るだろうから
そうなる前に沖野さんみたいな終わり方
迎えたいなって思うときもあるけどさ
私は歌を歌う以外、やりたいことなんかないもん。
いつかは芸能界やめたいって考えちゃうけどね。」
「そういうこと言うやつに限って
やめられないんだけどな、結局。」
「……貴也もでしょ?」
「他にできることもねーしな。」
…そうだよね。
私たちに、選択肢なんてもう残ってなくて
夢をもって芸能界をやめていく人が
羨ましくて仕方ない。
ほとんどの人が夢をもってここにくるのに
夢をもって去っていく人が、羨ましい。


