「小春ちゃんの歌は、
耳が聞こえる人にしか伝わらない。」
私はそういって、
小春ちゃんの持っているマイクを取った。
「マイクが口に近すぎる。
このくらい離して、
カメラに口が写さないと。
そんなにマイクに近づけてたら
耳が聞こえない人は
どうやって歌を楽しめばいいの?」
「………はい。」
万人の心に刺さる歌を歌おうとは思わない。
だけど、
限られた人にしか伝えようとしない歌い方は
水木先生は嫌いだ。もちろん、私も。
「口をはっきり動かす。
体はリズムに乗る。
これだけマイクを離しても
ちゃんとマイクに届くように
もっと声量を増やさないと。
その歌い方じゃ、三時間は歌えない。」
今の小春ちゃんじゃ、
水木先生のレッスンにはついていけない。
「歌詞は誰が書いたの?」
「私が自分で…」
「…ビブラートはとってもきれい。
息継ぎもきれい。抑揚もある。
歌はすごく上手だと思う。
だけど、そこに心がなきゃなんの意味もない。
…カラオケじゃないんだから。
うまく歌おうなんて思わなくていい。
最初は叫ぶように歌っていい。」
それが水木先生のやり方だ。
誰かに伝えたくて、歌い方を丁寧にした私に
水木先生は言ったんだ。
そんなんじゃ、心の叫びには聞こえない。って。
誰かの心を震わせることはできないと。


