「そう。十夜のお父さんは“蒼井”の名を捨て、“桐谷家”の婿養子になった。結婚した後、二人は十夜を授かり、お爺様と関わる事なく十数年が過ぎた。
その十数年の間、十夜は産まれてから一度もお爺様と会う事はなかったわ」
「……一度も?」
「そう。一度も」
そんな……いくら勘当したからって孫に一度も会いに来ないなんて……。
「十夜が初めてお爺様に会ったのは小六の秋だった」
「えっ!?小六!?」
十夜、お爺ちゃんに会ったの?
「………」
「あの、遥香さん……?」
何故か口を閉ざし、悲痛な面持ちでそっと目を閉じた遥香さん。
……何?何かあるの?
淡いピンク色のグロスが引かれた下唇を噛み千切らんばかりに噛み締めている遥香さんに小さな疑問が生じた時、その下唇がそっと解放された。
「十夜が初めてお爺様に会ったのはお通夜の日」
「お通夜の、日……?」
その言葉を聞いた瞬間、胸中がざわりとざわめいた。
「そ、れってどういう……」
そう言葉にするも、唇がガタガタと震えてハッキリ言葉になっていない。
解っていたんだ。頭の隅では解っていた。
「十夜のお父さんとお母さんのお通夜よ」
遥香さんから発せられる言葉が何か、予想がついていた。


