「急がないと」



私が壊したドアの方から、せわしない足音が聴こえてきた。バールで叩いた時にすごい音がしたから、人が来たんだろうな。

残念、好きだった歌手の歌、最後に一回聴きたかったんだけどな。

悠長なことしてて止められるなんて、嫌だ。



「あぁ……」



もう、私には何のしがらみも無い。

持ってるもの全部、これから失うんだ。


そう思うと、ふと風が優しくなった。空も晴れ渡って雲ひとつ無くて、秋の透き通った空気が肺に流れ込む。

両手を握ると柔らかくて温かい。切り刻まれた髪の毛の手触りが、心地いい。

自分の吐息も、零れる声も、私を包み込む。



これから失うと思うと、全てが美しくて、朗らかだ。



足を一歩、踏み出す。

反転した視界の中で、世界はどんどん上に飛んでいく。



「ばいばい」



他の誰でもない、私へ向けたさよならを言い終わったところで、目を閉じる。


体に激しい衝撃が走り、さっきまでの風も、秋の香りも、瞼を通した陽射しも、全てが消えていく。






さらさら、さらさらと、何かが流れる音を聴きながら――――――私は、死んだ。