「ねえ、なんかしたら」
「なんもしたくない」
副会長の私が、生徒会長のこの男、小野原有に言う。この男は、不精も不精、なんと「会長期間中はなんにもしない」ことを公約に当選した。そんな適当な奴が選ばれることも信じられないが、幼なじみの私が副会長に指名されて、雑用その他をやらされるのは、勘弁してほしい。
「あんたね、不精過ぎよ」
「だって、なんもしないことが公約なんだもーん」
何が「なんだもーん」だ。頭痛がして来た。そこで、私も生徒会室で暇だったので、気になる質問をぶつけてみた。
「ねえ、なんで『なんにもしない』ことを公約にしたの」
「知りたい?」
「知りたい」
「教えない」
「あっそう」
暇だから聞いたのであって、本当はどうでもよかったので、私は冷たく突き放した。
「……森田良子、覚えてるか」
確か、中学の時に自殺したクラスメートだ。いじめられっ子だった。
「覚えてるよ」
「あの子はさ。俺が殺したんだよ」
「え……?」
私は驚愕のまなざしを向けた。小野原は、缶コーヒーを飲みながら、遠い目で語り始めた。
「俺がさ、中学の時も生徒会長だったの、覚えてるだろ。あの時、俺は体育祭のフォークダンスを提案して当選した。そしたらさ。いじめられてた森田は誰にも手を取ってもらえずに、『汚いやつ』なんてひどいことも言われて。自殺したんだ。体育祭の日に」
缶コーヒーの空き缶をぽんとゴミ箱に放り投げた小野原は言った。
「それで、『公約はなんにもしないこと』で、罪滅ぼししたかった。会長の公約なんて、自己満足だよ。それで命を絶たれちゃ……な。生きていて、ナンボだ。俺は、みんなに『強制されない自由』を公約にしたんだよ」
「そうだったの……」
私は目を伏せた。小野原は、固いパイプ椅子に座ったまま、窓から青空を見上げた。
「そろそろ、昼休み終わるな。宿題やってないから、サボろ」
「……私の、写していいよ」
「お、サンキュー」
私は、いつも能天気でバカなやつと思ってきた小野原の抱えた闇を知り、いたたまれなくなった。そこで、宿題を写す彼にこう言った。
「お墓参り、行こうか」
「そうだな」
「私への『公約』ね」
「なんじゃそりゃ」
小野原は、元の明るい笑顔を浮かべた。
生徒会って、なんのためにあるのだろう。自治会の一種のはずなのに、会長の自己満足の組織になっていたのだ。それを、小野原は悔いていた。だから、「適当」に見える「公約」を掲げた。それは彼の贖罪でもあった……。
「本当はさ、俺、森田が好きだったんだよ」
小野原は、鉛筆で数式を書き連ねながら言う。
「そうだったの」
「森田と手をつなぎたくて企画したフォークダンスで、命を奪っちまった……。守れなかったんだ、俺の自己満で殺したんだ」
「あんまり思いつめないで」
私は、小野原を慰めた。
「きっと、今のあんたを見て、喜んでるよ、森田さん」
「そうだといいな。……さて、終わり!いざ行かん、数学の戦場へ!」
私たちは、笑みをこぼした。

最愛の人を過失で失い、生き残った小野原の「公約」。それは、「自由」。誰かに強いられず、命も失わず、恋に勉強に忙しい生徒たちをやさしく見つめるまなざしなのだ。

(了)