「紗枝がどうかしたのか?」
その瞳が不安に揺れたかと思うと、私の目をじっと見つめた。
その先が言い出せなくて、握り過ぎて赤く滲んだ手にキュッと力がこもる。
「……この前は『お幸せに』って言ってくれただろう?」
「あれは……あの時は本当にそう思ったの」
「それじゃ、どうして」
ため息に乗せて言葉が漏れる。
今頃きっと紗枝さんは、別の男の人に抱かれているに違いない。
ふと過ったその顔が、私の気持ちを後押しした。
「あっくんのことが好きだから!」
ついに出てしまった、自分の気持ち。
そのひと言を告げてしまえば、もう止めることなんて出来なかった。
あっくんは驚きに目を大きく見開いた。
「ずっと好きだったの! 初めて会ったあの――」
言葉を遮って、押し当てられた唇。
気づけば、あっくんに抱き締められていた。
「頼むから……」
「あっくん……?」
「……それ以上言わないでくれ」
切なすぎる声だった。
急加速を始めた鼓動。
私を強く抱きとめるあっくんに、夢中になってしがみついた。
ほんの一瞬だったけれど、確かに唇が重なった。
近づきたくて、触れたくてどうしようもなかった。
この腕に抱かれたくて、何度も夢見た。
……今、分かった。
紗枝さんがあっくんを裏切っていることなんて、私にとっては全然関係のないことだったんだ。
それは、単なるきっかけ。
私はただ、あっくんにこの気持ちをぶつけたかっただけなんだ……。



