「大きな声で名前を呼ばないで」


石澤先輩は顔をしかめてそう言った。


口外してはいけないという事になっているが、オークション参加者にはすぐに知れ渡ってしまうだろう。


タレントはアスリート選手の何倍もの知名度を持っている。


あたしは慌てている石澤先輩を見て小さく笑った。


ここに来ていると言う事は、ステージに上がる覚悟だと言う事だ。


ステージ上では大きなマスクだってきっと外さなきゃいけない。


それなのに、石澤先輩は自分の素性がバレないように必死だ。


その様子がひどく滑稽だった。


「石澤先輩もこのオークションを狙っているなら、あたしたちはライバルですね」


あたしははしゃぎたい気分でそう言った。


石澤先輩は眉を寄せ、そしてあたしから視線を外した。


妙な子だと思われたかもしれない。


でも、それでよかった。


今日、あたしは必ず新田朝子さんの顔を持って帰る。


石澤先輩にはライバルだと言ったけれど、自分がここへ来ている事もバレたくないよう人に負ける気はなかったのだった。