あとは、購入者がそれに気が付くかどうかだけ……。


オークション会場ではただ商品を売買するだけじゃない、巧妙な心理戦が行われているのだ。


何度かここを訪れたあたしは、そのことに気が付いていた。


あたしはチラリと横に座る男性を見た。


男性は中田優志さんの言葉をすっかり信じ込んでしまったようで、目に涙を浮かべている。


そんな中、あたしはモニターに映し出される中田優志さんの作品に視線を写した。


問題は中田優志さんの境遇じゃない。


中田優志さんがどこまでの才能を持っているか。


ただそれだけだ。


彫刻家の腕となると、筋肉もついているし動きは繊細だ。


彫刻以外の場面で役立つ事も多々あるだろう。


この足にあの腕が付けば、更に高みを目指していくこともできる。


あたしはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「それではオークション開始です!」


モンピーの声を合図にして、一気に金額は上がって行く。


七島雪歩さんの350万はあっという間に追い抜いて、3000万円まで跳ねた。


あたしは舌なめずりをして隣の男性を見た。


男性の額には汗が滲み、ボードに触れそうな場所にある手は小刻みに震えている。


欲しいけれど、打ち込むことができない。


それは以前のあたしのようだった。