自分の片手にある、文庫本。 今、私の脳裏に浮かぶのはなぜか、最後に見た悲しげな表情なんかではなく。 初めて春瀬に声をかけられたとき。 互いの名前を知ったとき。 夢中で私に本の感想を語るとき。 そんなときの、彼の笑顔ばかりが、浮かび上がっては消えていく。 彼の笑顔を見る度、自分の中に染み渡るものは、なんだったのだろう。 どうしようもなく温かくて、それでいて、自分の胸をすくような。